Nintendo Switch™ / Steam
『贄の町 いろむすび』 2025年5月22日(木)発売予定

劇画


大家さん 「今日から流し始めたコマーシャルだよ」 日天 「俺のことが流れてる……」 広間に設置されたテレビに映る自分を見て、どう反応すべきか迷った。 俺の身を守る為とはいえ、自分の顔が出ているのは少し――いや、かなり気恥ずかしい。 小町 「このレトロな形、懐かしいなぁ」 ココ 「町の……友達の家とかではたまに見かけてたけど、宿にもテレビなんてあったんだねぇ」 笑男 「ココおじいちゃん。置物化してるけど、テレビだけならラウンジにもずっとありましたよ」 ココ 「え? ……ああ、言われてみれば、確かに。って、そんな馬鹿にした言い方しなくてもいいじゃない」 大家さん 「まあ、テレビ自体は昭和頃からあるよ。皆気にしないみたいだから、しまっておいただけ」 日天 「へぇ……」 テレビの中では、仲が良さげな新婚の夫婦が司会者からの一問一答に答えている。 元の世界でテレビを見ることは殆どなかったけど、バイト先とかメシの時とかには目に入ってたから、久しぶりに見ると感慨深いものがある。 燈 「昭和、か。大家さん、キミはいったいいくつなんだい……?」 成臣 「椅子は喋らないでください」 燈 「アッヒィ!」 あすく 「おい。キモいからまじでヤメろ」 成臣にバールで尻を叩かれて、腰をくねらせながら恍惚の表情を浮かべる燈。 そんな二人にドン引きしながらも部屋に戻らないところを見ると、あすくもこの世界のテレビに興味があるらしい。 笑男 「スタパーは? カーチャーンネットワークは?」 成臣 「ニュースとかも見られるんですか?」 大家さん 「そういったものは流れない。そもそも、チャンネルはこの一つしかないしね。当たり障りない番組は流れるよ」 成臣 「……時代劇は?」 大家さん 「ああ、それなら見られるようにできるよ」
笑男 「懐かしいなー。なんでか、遊んでる内に口の中で液の味がし出すよな」 日天 「そうか? ……って、あっ!」 笑男 「何?」 ストローを咥えた俺の顔を、日天がまじまじと見てくる。 日天 「なん、でも……」 首を傾げていると、日天はぎこちなく顔を背ける。 顔は見えなくなったが、耳が赤い。 ……いったいなんだ? 不思議に思いながら、ストローを吹こうとして、ようやく俺も気付いた。 もしかして……間接キス、だからか……? ……え? それが恥ずかしいのって中学くらいまでじゃないの……? あえて触れずに、ストローを吹いてシャボン玉を作ると、耳の熱が伝播したように日天の頬が真っ赤に染まった。
成臣 「いい加減にしてください!」 突然、成臣が割り込んできた。 ……赤くなった顔で。 あすく 「……あ゛あ?」 成臣 「日天さんが……困ってるじゃないですか!日天さんを泣かせたら……許しません、よ」 日天 「な、成臣? お前も、いったいどうしたんだ……?」 目が据わってるし、呂律が回ってない。 それに体がふわふわと左右に揺れている。 もしかして……。 ココ 「おーい、成臣くん~。戻っておいで~。もっと飲もうよ~」
成臣 「それ以上、聞きたくありません」 成臣 「酷いです。今更、日天さんから離れられるわけないじゃないですか」 成臣 「私、一人で向こうに帰ったら、また日天さんを忘れる為に色々な方と体を重ね、絶対に孤独な人生を送ることになります」 成臣 「それでもいいんですか?」 成臣 「私の幸せは……日天さんの側で初めて得られるんです」 日天 「ち、ちがうんだ」 成臣 「ちがう? 何が、違うんですか?」 日天 「だから、だからさ……」 心臓がバクバクと脈を打つ。 強く拳を握っても、震えが止まらない。 日天 「う、ううっ……だから……」 言わないといけない。 言わないまま、成臣と一緒にいることはできない。
何か、あいつから意識を逸らす方法はないのか―― 日天 「……あ」 浮かんだ案が、正解かどうかなんて考える暇はない。 次の瞬間、ココの胸ぐらを掴んで引き寄せた。 日天 「んっ」 ココと唇を重ねる。 少し驚いた表情をしたココは、俺から離れようと力を入れてくる。 俺は離すまいと、咄嗟に手を強く引いたら、歯がココの唇にぶつかってしまった。 ココ 「……っ」 ココが痛みに眉を顰めた隙を逃さず、僅かに開いた唇の隙間に舌を割り入れる。 さっきので唇が切れたのか少し血の味がしたけど、構わず舌を甘噛みしたり、絡めたり、吸ってみたり……。 反応はなかったけど、ココがいつもしてくるのを思い出しながら、とにかく舌を動かす。 日天 「ん……、ぅ」 恥ずかしいなんて言ってられなかった。 だってこのまま行かせてしまったら、ココが女に何をされるのか――いや、ココが女に何をしてしまうのかわからないと思ったから。 もしそうなったら、いつもの優しいココに戻れなくなるんじゃないかと怖かったから。 少し力が緩んできたココの気をもっと引きつけようと、更に深く舌を絡ませた。
日天 「んっ」 アイスを持っている手に、ぽたりと冷たいものが落ちた。 日天 「……あれ?」 もう溶け始めたのかと見ると、アイスではない黒い液体が手を伝って地面に落ちていっていた。 いったい何が落ちてきたのかと首を傾げながら、頭上を見上げると―― そこに――いた。 あの不気味な骸骨のような顔が、背後から覗き込んできていた。 黒い涎が、落ちる。 もう一度、手にぼとりと落ちてきて、生肉が腐ったような悪臭が周囲に漂う。 ??? 「シニタクナイ」 ノイズまじりの音が聞こえる。
35 「じゃあ、それまでおハナシしよ」 日天 「話か……たとえば?」 35 「ひそらのことなら、なんでもキきたい」 日天 「突然そう言われてもな……」 何も思い浮かばない。 けど、35の眼差しは期待に満ちている。 日天 「……昨日、川で泳いだけど、実は人生で初めてだったんだ。楽しかった」 いや……35が聞きたい話ってこういうことじゃないよな。 もっと話題が豊富に出てくる人間になりたい。 日天 「ごめん。つまんないよな」 35 「なんで、そんなコト、イうの? ツヅき、は?」 日天 「え? あー……あの後、宿に戻って凄く気持ち良く眠れた」 35 「ふん、ふん」 日天 「俺、この世界に来てあと数ヶ月もすれば一年だけど、その中で一番気持ち良く眠ったかもしれない」 35 「ふん、ふん」 日天 「夜は、ココが作った肉づくしのご馳走だった。あれは多分……昼に、35がココの玉子焼きを吐き出したからだぞ」 35 「ふん、ふん」 さっきから頷いてばかりだな。 でも、ほんとに楽しそうに聞いてくれる。 最初は変わった奴だなって思ってたけど…… いや、実際変わった奴だとは思うけど、35から悪意は感じない。 俺よりもでかい男なのに、なんだか、子供が懐いてきてるみたいな感じだ。 日天 「俺、体からちょっと特殊な匂いがするからさ。宿の皆に迷惑をかけてるんだよな。それが申し訳なくってさ」 日天 「なんとかならないかって思ってるんだけど、これがどうにもならなくて……」 35 「ウン。ひそら、いいニオいがする」 35が体を寄せてくる。 犬みたいに鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅ぎ出した。 その距離感に噛まれるんじゃないかとひやひやしたけど、寄せられた鼻が首筋に触れて、くすぐったい。 日天 「35。言っとくけど、俺を噛んだり、食べたら、怒るからな」 35 「ワかった、じゃあしない」 じゃあってなんだ。 言わなかったらしようとしてたのか。 そう文句を言おうとしたけど、その前に相変わらず近い距離で匂いを嗅ぐ35の鼻が首筋に触れて、背筋にぞわっとしたものが走った。