劇画
大家さん
「今日から流し始めたコマーシャルだよ」
日天
「俺のことが流れてる……」
広間に設置されたテレビに映る自分を見て、どう反応すべきか迷った。
俺の身を守る為とはいえ、自分の顔が出ているのは少し――いや、かなり気恥ずかしい。
小町
「このレトロな形、懐かしいなぁ」
ココ
「町の……友達の家とかではたまに見かけてたけど、宿にもテレビなんてあったんだねぇ」
笑男
「ココおじいちゃん。置物化してるけど、テレビだけならラウンジにもずっとありましたよ」
ココ
「え? ……ああ、言われてみれば、確かに。って、そんな馬鹿にした言い方しなくてもいいじゃない」
大家さん
「まあ、テレビ自体は昭和頃からあるよ。皆気にしないみたいだから、しまっておいただけ」
日天
「へぇ……」
テレビの中では、仲が良さげな新婚の夫婦が司会者からの一問一答に答えている。
元の世界でテレビを見ることは殆どなかったけど、バイト先とかメシの時とかには目に入ってたから、久しぶりに見ると感慨深いものがある。
燈
「昭和、か。大家さん、キミはいったいいくつなんだい……?」
成臣
「椅子は喋らないでください」
燈
「アッヒィ!」
あすく
「おい。キモいからまじでヤメろ」
成臣にバールで尻を叩かれて、腰をくねらせながら恍惚の表情を浮かべる燈。
そんな二人にドン引きしながらも部屋に戻らないところを見ると、あすくもこの世界のテレビに興味があるらしい。
笑男
「スタパーは? カーチャーンネットワークは?」
成臣
「ニュースとかも見られるんですか?」
大家さん
「そういったものは流れない。そもそも、チャンネルはこの一つしかないしね。当たり障りない番組は流れるよ」
成臣
「……時代劇は?」
大家さん
「ああ、それなら見られるようにできるよ」
笑男
「懐かしいなー。なんでか、遊んでる内に口の中で液の味がし出すよな」
日天
「そうか? ……って、あっ!」
笑男
「何?」
ストローを咥えた俺の顔を、日天がまじまじと見てくる。
日天
「なん、でも……」
首を傾げていると、日天はぎこちなく顔を背ける。
顔は見えなくなったが、耳が赤い。
……いったいなんだ?
不思議に思いながら、ストローを吹こうとして、ようやく俺も気付いた。
もしかして……間接キス、だからか……?
……え? それが恥ずかしいのって中学くらいまでじゃないの……?
あえて触れずに、ストローを吹いてシャボン玉を作ると、耳の熱が伝播したように日天の頬が真っ赤に染まった。
成臣
「いい加減にしてください!」
突然、成臣が割り込んできた。
……赤くなった顔で。
あすく
「……あ゛あ?」
成臣
「日天さんが……困ってるじゃないですか!日天さんを泣かせたら……許しません、よ」
日天
「な、成臣? お前も、いったいどうしたんだ……?」
目が据わってるし、呂律が回ってない。
それに体がふわふわと左右に揺れている。
もしかして……。
ココ
「おーい、成臣くん~。戻っておいで~。もっと飲もうよ~」
成臣
「それ以上、聞きたくありません」
成臣
「酷いです。今更、日天さんから離れられるわけないじゃないですか」
成臣
「私、一人で向こうに帰ったら、また日天さんを忘れる為に色々な方と体を重ね、絶対に孤独な人生を送ることになります」
成臣
「それでもいいんですか?」
成臣
「私の幸せは……日天さんの側で初めて得られるんです」
日天
「ち、ちがうんだ」
成臣
「ちがう? 何が、違うんですか?」
日天
「だから、だからさ……」
心臓がバクバクと脈を打つ。
強く拳を握っても、震えが止まらない。
日天
「う、ううっ……だから……」
言わないといけない。
言わないまま、成臣と一緒にいることはできない。
何か、あいつから意識を逸らす方法はないのか――
日天
「……あ」
浮かんだ案が、正解かどうかなんて考える暇はない。
次の瞬間、ココの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
日天
「んっ」
ココと唇を重ねる。
少し驚いた表情をしたココは、俺から離れようと力を入れてくる。
俺は離すまいと、咄嗟に手を強く引いたら、歯がココの唇にぶつかってしまった。
ココ
「……っ」
ココが痛みに眉を顰めた隙を逃さず、僅かに開いた唇の隙間に舌を割り入れる。
さっきので唇が切れたのか少し血の味がしたけど、構わず舌を甘噛みしたり、絡めたり、吸ってみたり……。
反応はなかったけど、ココがいつもしてくるのを思い出しながら、とにかく舌を動かす。
日天
「ん……、ぅ」
恥ずかしいなんて言ってられなかった。
だってこのまま行かせてしまったら、ココが女に何をされるのか――いや、ココが女に何をしてしまうのかわからないと思ったから。
もしそうなったら、いつもの優しいココに戻れなくなるんじゃないかと怖かったから。
少し力が緩んできたココの気をもっと引きつけようと、更に深く舌を絡ませた。
日天
「んっ」
アイスを持っている手に、ぽたりと冷たいものが落ちた。
日天
「……あれ?」
もう溶け始めたのかと見ると、アイスではない黒い液体が手を伝って地面に落ちていっていた。
いったい何が落ちてきたのかと首を傾げながら、頭上を見上げると――
そこに――いた。
あの不気味な骸骨のような顔が、背後から覗き込んできていた。
黒い涎が、落ちる。
もう一度、手にぼとりと落ちてきて、生肉が腐ったような悪臭が周囲に漂う。
???
「シニタクナイ」
ノイズまじりの音が聞こえる。
35
「じゃあ、それまでおハナシしよ」
日天
「話か……たとえば?」
35
「ひそらのことなら、なんでもキきたい」
日天
「突然そう言われてもな……」
何も思い浮かばない。
けど、35の眼差しは期待に満ちている。
日天
「……昨日、川で泳いだけど、実は人生で初めてだったんだ。楽しかった」
いや……35が聞きたい話ってこういうことじゃないよな。
もっと話題が豊富に出てくる人間になりたい。
日天
「ごめん。つまんないよな」
35
「なんで、そんなコト、イうの? ツヅき、は?」
日天
「え? あー……あの後、宿に戻って凄く気持ち良く眠れた」
35
「ふん、ふん」
日天
「俺、この世界に来てあと数ヶ月もすれば一年だけど、その中で一番気持ち良く眠ったかもしれない」
35
「ふん、ふん」
日天
「夜は、ココが作った肉づくしのご馳走だった。あれは多分……昼に、35がココの玉子焼きを吐き出したからだぞ」
35
「ふん、ふん」
さっきから頷いてばかりだな。
でも、ほんとに楽しそうに聞いてくれる。
最初は変わった奴だなって思ってたけど……
いや、実際変わった奴だとは思うけど、35から悪意は感じない。
俺よりもでかい男なのに、なんだか、子供が懐いてきてるみたいな感じだ。
日天
「俺、体からちょっと特殊な匂いがするからさ。宿の皆に迷惑をかけてるんだよな。それが申し訳なくってさ」
日天
「なんとかならないかって思ってるんだけど、これがどうにもならなくて……」
35
「ウン。ひそら、いいニオいがする」
35が体を寄せてくる。
犬みたいに鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅ぎ出した。
その距離感に噛まれるんじゃないかとひやひやしたけど、寄せられた鼻が首筋に触れて、くすぐったい。
日天
「35。言っとくけど、俺を噛んだり、食べたら、怒るからな」
35
「ワかった、じゃあしない」
じゃあってなんだ。
言わなかったらしようとしてたのか。
そう文句を言おうとしたけど、その前に相変わらず近い距離で匂いを嗅ぐ35の鼻が首筋に触れて、背筋にぞわっとしたものが走った。